普通の歯科医師なのか違うのか

ミリングデンチャーに安定剤は逆効果?

 
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5代目歯科医師(高知市開業)
東京医科歯科大学卒業(47期)
同大学院修了
【非常勤講師】
徳島大学
岩手医科大学

以前読んだ義歯安定剤のメタアナリシスの引用文献で興味あるものがあったので、いくつか読んでいます。前回はかなりの肩透かしをくらいましたが、今回はどうでしょうか?

著者はサウジアラビアとロマリンダで構成、2018年JPDのclinical researchとなります。

Effects of denture adhesive on the retention of milled and heat-activated maxillary denture bases: A clinical study
Hamad S AlRumaih , Abdulaziz AlHelal , Nadim Z Baba , Charles J Goodacre , Ali Al-Qahtani , Mathew T Kattadiyil 
J Prosthet Dent. 2018 Sep;120(3):361-366. doi: 10.1016/j.prosdent.2017.10.013. Epub 2018 Mar 15.

PMID: 29551377

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29551377/

Abstract

Statement of problem: Clinical studies have identified advantages of digital complete denture technology including patient satisfaction, improved mastication, increased retention, and technique efficiency. However, studies that focus on the effect of denture adhesive on the retention of milled and heat-activated denture bases are lacking.

Purpose: The purpose of this clinical study was to evaluate the effectiveness of denture adhesive on the retention of milled and heat-activated denture bases.

Material and methods: Twenty participants with complete maxillary edentulism were selected for this study (11 men and 9 women). Definitive impressions were obtained and scanned (iSeries impression scanner; Dental Wings). Digital data were sent to Global Dental Science for the fabrication of computer-aided design and computer-aided manufacturing (CAD-CAM) milled denture bases (MB condition). The physical impressions were poured in stone to produce casts for the fabrication of heat-activated acrylic resin denture bases (HB condition). A portable clinical motorized test stand and advance digital force gauge were modified to measure the amount of denture base retention in newtons. The denture bases were seated over the edentulous maxillary ridge and pulled 3 times vertically at 10-minute intervals without denture adhesive (MB and HB control conditions) and with denture adhesive (MBA and HBA test conditions). For statistical analysis, a repeated-measures ANOVA was performed (α=.05).

Results: The control MB condition had significantly higher retention values compared with all other conditions (P<.001). However, the use of adhesive significantly decreased the retention of the milled bases. No significant differences were found with or without the use of denture adhesive among heat-activated denture bases (P>.05).

Conclusions: Significantly higher retention values were recorded with milled denture bases than heat-activated resin bases without the use of denture adhesive. However, denture adhesive did negatively affect the retention of milled complete dentures.

問題点:臨床研究では、満足度、咀嚼の改善、維持の向上、技術効率などの点で全部床義歯のデジタルデンチャー技術の有効性が確認されています。しかし、ミリングデンチャーと加熱重合レジン義歯の維持力に対する安定剤の効果に焦点をあてた研究はいまだ存在しません。

目的:本研究の目的は、ミリングデンチャーと加熱重合レジン義歯の維持に対する安定剤の効果を評価する事です。

実験方法:20名の上顎無歯顎患者(男性11名、女性9名)が選択されました。最終印象を採得しiSeries impression スキャナー(Dental Wings社製)でスキャンしました。デジタルデータをグローバルデンタルサイエンス社に送付し、CADCAMによりミリングされた義歯床(MB condition)を製作しました。また、印象には加熱重合型義歯床(HB condition)を製作するために石膏を注入しました。義歯床の維持力を測定するために、ポータブル電動計測スタンドとアドバンスドデジタルフォースゲージを改造し、ニュートン単位で測定しました。上顎義歯を装着し、安定剤あり、なしで10分間隔で垂直的に3回テストを行いました。統計処理は反復測定分散分析で有意水準は5%としました。

結果:義歯安定剤なしのミリングデンチャーで他の群よりも有意に大きな維持力を認めました。ミリングデンチャーに安定剤を使用した場合、有意な維持力の低下が認められました。加熱重合型レジン床の場合、安定剤使用、未使用で維持力に有意差を認めませんでした。

結論:安定剤を使用しない場合、ミリングデンチャーの方が加熱重合型レジン床よりも有意に大きな維持力となりました。しかし、ミリングデンチャーへの安定剤の使用にはマイナスの効果が認められました。

ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して意訳要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。

緒言(全ては訳していません)

2050年には、860万人、アメリカ総人口の2.6%が全部床義歯を必要とする事になると予測されています。全部床義歯の維持は、治療成功の主要因であり、物理的、生理的、心理的、機械的、外科的な要因に影響されます。維持不良により、維持の改善、咬合力の増加、義歯偏位の減少を改善するために安定剤が使用される事があります。安定剤により咀嚼の正常化と高速化、床下への食塊の侵入防止が促進され、顎間関係記録時の咬合床の安定化のために使用される事もあります。安定剤は安全で効果的ですが、乳頭過形成(論文9)や咬合高径の増加(論文10)という欠点もあります。

安定剤は、短時間作用型と長時間作用型の合成高分子からなり、水和して体積を増やし、義歯の粘膜面と口腔粘膜との間の隙間を埋めるものです。加えて粘弾性の増加により義歯の維持を助長する表面張力が働きます。

安定剤の使用は多数の臨床研究で客観的に調査されており、適合の悪い義歯を使用している患者には有効である事が示されています。現在使用中の義歯でも、新しい義歯でも安定剤の使用により切歯部の咬合力は有意に増加しました。さらに、安定剤使用時の偏位に抵抗する力は、義歯装着直後、装着45日よりも装着90日で有意に増加しました(論文19)

デジタルデンチャーは最近のイノベーションです。レジンブロックをミリングした義歯は重合収縮が従来型の義歯よりも小さくなります。従来の方法と比較すると、ミリングはより正確な義歯床を製作することが出来、さらに再製が容易です。Babaらは、デジタルデンチャーは従来の義歯よりもアポイント回数を減少でき、治療時間やコストを抑制できると述べています。さらにデータがデジタルで保存されているため、義歯の追加や置き換えなどが容易です。

最近、著者らは上顎のミリングデンチャーと加熱重合型レジン義歯の維持が比較され、ミリングの方が優れていると報告しました。しかし、安定剤を使用した場合の維持力について評価した研究を著者らは知りません。そのため、本研究の目的はミリングデンチャーと加熱重合レジン義歯の維持に与える安定剤の効果を臨床的に評価する事です。

実験方法

被験者

上顎完全無歯顎20名
基準:最低でも無歯顎になって1年以上、で18歳以上
除外基準:唾液量や質に影響を与える可能性がある薬剤の使用歴、顎堤のアンダーカットが大きい、外科処置が必要な口蓋隆起、顎堤や軟組織に異常がある

初回来院時

the Prosthodontic Diagnostic Index classification systemを用いて上顎の顎堤弓を分類し、House palatal throat form、アーチサイズ、アーチの形態をを記録
概形印象→個人トレー(光重合)製作

注:House palatal throat formについてはhttps://www.slideshare.net/aditighai3/pps-myのスライド23枚目を見てください。

2回目来院

直前24時間は義歯を使わないように指導
精密印象(筋圧形成+シリコーンゴム印象)
後縁封鎖部位は皮膚鉛筆みたいなもので印象に印記、さらに印象の上に印象用ワックスを用いて加圧?

精密印象採得後24時間以内にデジタルスキャン→STLファイルをGlobal Dental Science for
fabrication of denture bases (AvaDent)に送付してミリング義歯床を製作

精密印象には石膏を注入した後で加熱重合型レジンで義歯床を製作(メーカー指示により100度30分→73度9時間)

義歯床中央部にフックを設置
ミリング義歯床も加熱重合型レジン床も水中に浸漬

3回目来院

直前24時間は義歯を使わないように指導
クロスヘッドスピード50.8mm/minでEのアタッチメントが移動してDのデバイスを押し続けると、上顎義歯があるときに外れるシステム。頭位はフェイスボウにて一定になるように配慮

義歯装着に際して早期接触部位をPIPで検査して当たりがあれば調整

テストは以下の4条件。順番等の記載はありません。
粘膜に沈下させるため義歯は装着して5分待機
安定剤使用時は義歯と粘膜から安定剤を完全に除去してから次のテストへ
各3回 10分間隔

安定剤は0.2mlを4部位に貼付

BD:翼突下顎ヒダ、A:上唇小帯
ABとAD間に直線を引き、距離を4分割した1/4と3/4部位に安定剤を貼付

結果

被験者:男性9名、女性11名(アブストと表から男性11名、女性9名が正しいと思われます)
    平均年齢:68.20±7.27歳

維持力:安定剤無しのミリングデンチャーの維持力は74.14±33.51N
    他の3条件と比べて有意に高い

    安定剤なしの加熱重合型:54.23±027.36N
   安定剤ありミリングデンチャー:58.79±32.43N
    安定剤あり加熱重合型:52.81±24.23N

安定剤ありミリングデンチャーと安定剤あり加熱重合型レジン床は有意差なし
    安定剤なし加熱重合型と安定剤あり加熱重合型は有意差なし

考察

ミリングデンチャーと加熱重合型義歯床の維持力を比較した以前の研究では、ミリングデンチャーの方が維持力が有意に大きい結果でした。本研究では、ミリングデンチャーに安定剤を使用すると維持力が有意に減少しました。そのため、新しいミリングデンチャーでは安定剤はマイナスの効果となりました。患者が安定剤の必要性を感じている場合に、安定剤ありのミリングデンチャーの維持力は、安定剤なしの加熱重合型義歯床と有意差がない結果です。また、加熱重合型レジン床の維持力は安定剤のありなしで有意差は認められませんでした。この結果は義歯床の製作方法に直結する可能性があります。

ミリングデンチャーは適合が非常に優れており、安定剤を使用すると維持力はマイナスの影響を受ける可能性があります。しかし、重合収縮がおこる加熱重合型の場合、以前の結果でも示されたように、安定剤が適合を補償するかもしれません。

GhaniとPictonは適合の悪い上顎全部床義歯に色々な種類の安定剤を使用して維持力を比較しました。その結果、唾液のみでの維持力は安定剤使用と比較して有意に小さい維持力でした。Psillakisらは使用中の義歯において安定剤を使用すると咬合力による義歯の偏位が有意に改善すると報告しました。安定剤使用時の義歯に満足し、信頼を感じていると患者達は報告しました。OzcanらとBaatらは使用中の義歯と新製義歯への安定剤の使用について同様な結果を報告しています。新義歯と比較して旧義歯の方が義歯の偏位が起こる時点の咬合力が大幅に上昇するという結果です。安定剤のタイプに関係なく、Polyzoisらは、安定剤を使用すれば偏位に対する抵抗力が有意に増加すると報告しています。Manesらにより下顎義歯においても同様の結果が報告されています。Kalraらは上顎義歯に安定剤を使用した場合、切歯における咬合力が有意に増加したと報告しています。Polyzoisらは新義歯装着後、以後30日、45日における偏位力への安定剤の効果について検討しており、装着90日後は装着0、45日と比較して有意に大きな偏位力を認めました。また安定剤の種類に有意差はありませんでした。Munozらは適合の良い義歯に安定剤を使用した場合、唾液のみのコントロールと比較して有意に大きな維持力を認めました。

加熱重合型レジン床への義歯安定剤のどの種類が効果があるかが以前の研究の焦点でした。本研究では、2つの義歯床に対する1つの種類の義歯安定剤の効果を評価しています。本研究の結果は、安定剤使用と未使用で加熱重合型レジン床の維持力に有意差を認めた以前の研究と相反するものです。実験方法の違いがこの結果に影響した可能性があります。他の実験方法では垂直的な維持力を測定するデザインになっていません。本研究では、垂直方向のみの上顎義歯の偏位を計測できるようにデザインしています。

ミリングデンチャーのパフォーマンスについて研究したものがあります。Kattadiyilらは、臨床実習生による従来通りの加熱重合型レジンで製作した全部床義歯と2回の来院で製作したミリングデンチャーを比較しました。その結果、ミリングデンチャーの方が有意に維持力、咀嚼の快適さ、技術効率などが優れていたと報告しています。さらに後縁封鎖をなくしてもミリングデンチャーの場合維持に影響しませんでした。BidraらはモノリシックのCADCAM義歯の装着直後と1年後を比較しました。彼らは1年後に満足度が79%増加したと報告しています。

Saponaroらは2012年~2014年にミリングデンチャーを製作した48名についての後ろ向き研究を報告しています。24名が大学院生、24名が臨床実習生が製作しました。31名の患者が2回の来院で製作できるプロトコルに満足しましたが、残りの17名は2回では足りませんでした。最も一般的な臨床上の不満は、装着当日の維持力の不足で、次が垂直的な咬合力の増加でした。著者らはこの不満を後縁封鎖の不足、不正確な精密印象、術者の経験不足に起因するとしています。SchwindlingとStoberは重合されたPMMAと射出成形という2つの異なるデジタルデザインの全部床義歯を比較しました(論文31)。結果として2つのシステムで機能に有意差は認められませんでした。

最近のデジタルによる全部床義歯に関するシステマティックレビューでは、ミリングデンチャーは加熱重合型と比較して有意なチェアタイムの減少と維持力の増加が認められました。加えて、患者の選択は満足度の結果に影響しました。

本研究では、義歯装着5分後に実験を行い、さらに実験間隔は10分あけました。この間隔は軟組織が元の形態に戻るために設定されました。時間間隔による有意差は認められませんでした。このことは、義歯床を取り外した後、わずか10分程度で軟組織が回復することを示していると思われます。

本研究に参加した80%の患者がタイプA、Bの顎堤形態で、最も効率が低いと考えられたDは居ませんでいた。Dタイプの患者がいたらまた結果が違っていたかもしれません。

本研究は2つの義歯床タイプに1つの安定剤の使用という限定条件です。今後多様な安定剤、義歯床タイプ、間隔時間、長時間の義歯装着などが今後の検討で必要です。

まとめ

顎堤のある程度良い上顎新製義歯を対象とした研究であり、この時点でかなり適合がよいと考えられます。それでも安定剤なしのミリングデンチャーが加熱重合型よりも遙かに維持力が高いというのは重合収縮がいかに大きいかということかと思います。

ただし、ミリングデンチャーでも義歯と粘膜にスペースがあるのは確かですから、それを埋める安定剤により維持力が下がってしまう、というのがイマイチ実感が湧きません。有意差が出ないならともかく、有意に下がってますからね。

例えばこれが下顎だったらまた結果が違うのかなとも思います。しかし、ミリングデンチャーはなかなか性能が良さそうで興味がわきました。3Dプリンタだと光重合で重合収縮しますから、加熱重合と同じぐらいになるんでしょうか?そこらへんも論文を読む必要がありそうです。

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5代目歯科医師(高知市開業)
東京医科歯科大学卒業(47期)
同大学院修了
【非常勤講師】
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