普通の歯科医師なのか違うのか

全部床義歯装着者は食品の硬さに対応して強く咬むことができない

2022/08/28
 
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5代目歯科医師(高知市開業)
東京医科歯科大学卒業(47期)
同大学院修了
【非常勤講師】
徳島大学
岩手医科大学

義歯装着者がどれだけ咀嚼が不利なのか

前回のブログで読んだ論文の引用文献で気になったところを読んでいきます。全部床義歯装着者の咀嚼についての論文です。結構古くて2007年のものになります。最近はreviewとか観察研究をよく読んでいたので新鮮ですね。

Mastication of model products in complete denture wearers
J L Veyrune , C Lassauzay, E Nicolas, M A Peyron, A Woda
Arch Oral Biol. 2007 Dec;52(12):1180-5. doi: 10.1016/j.archoralbio.2007.04.016. Epub 2007 Jun 18.

https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/17572377/
PMID: 17572377

Abstract

Objective: The aim of this study was to define the characteristics of muscular activity in complete denture wearers and in dentate subjects during mastication of model foods differing in hardness but similar in terms of rheologically properties.

Material and methods: The foodstuffs used in this study were laboratory-developed gumdrops demonstrating viscoelastic properties. The test foods cover a range of four hardness levels. The group of complete denture wearers included 15 subjects, while the control group included 9 subjects with normal dentition. Electromyograph (EMG) recordings were taken from the masseter and temporal muscles during mastication of the test foods. The results were evaluated by one-way and two-way ANOVA followed by means comparisons using a Student-Newman-Keuls post hoc test (alpha=0.05).

Results: Preparing the same food bolus for swallowing required a greater number of masticatory cycles and a longer duration of mastication for complete denture wearers than for dentate subjects. In addition, complete denture wearers failed to increase EMG activity per cycle in response to hardness of the food.

Conclusion: Denture wearers experienced difficulties during mastication, as indicated by a decreased masticatory rate and the observed failure to increase EMG activity per cycle in response to increased food hardness. The increases in number of cycle and masticatory duration appear to be a response to this impaired masticatory function.

目的:硬さが違うが流動学的には類似物性を有する被験食品を咀嚼した際の筋活動に関して、全部床義歯装着者と有歯顎者で比較検討することです。

実験方法:本研究で用いた食品は実験室で開発した粘弾性のあるガムドロップです。このガムは4段階の硬さをカバーしています。全部床義歯装着者15名とコントロールとしての正常有歯顎者9名が参加しました。被験食品咀嚼中の咬筋と側頭筋の筋電図(EMG)を計測しました。結果は、一元配置および二元配置分散分析に続いて、Student-Newman-Keulsのポストホックテスト(α=0.05)を用いて平均値を比較して評価しました。

結果:嚥下に適した食塊を形成するのに全部床義歯装着者では有歯顎者と比較してかなりの咀嚼回数と時間を要しました。加えて、全部床義歯装着者は食品の硬さに応じたEMG活動の増加が認められませんでした。

結論:義歯装着者は噛みづらさを経験しており、食物の硬さに応じて咀嚼速度が低下しEMG活動の増加が認められませんでした。咀嚼回数と時間の増加は咀嚼機能低下の代償と考えられました。

ここからはいつもの通り本文を適当に抽出して要約します。誤訳もあり得ますので、気になったら実際の本文をご確認ください。

緒言

咀嚼の主な役割は食物を嚥下に適した食塊にする事です。歯と神経筋機構は直接的に食物を粉砕することに関与しており、歯の喪失は咀嚼効率の低下を招くかもしれません。可撤式義歯は咀嚼機能の一部のみを回復します。全部床義歯装着者の咀嚼効率は天然歯列群の半分以下と報告されています。

いくつかの研究では、全部床義歯装着者が食品の流動学的物性に適応する能力を調査し、対照的な結果を得ています。VeyruneとMiocheらは肉が硬くなると適応の欠如が起こる事を指摘しています。一方でChaunceyらは特定の自然食品の硬さに正の変化があったと報告しています。この乖離は食品の流動学的物性とテクスチャーによって説明できるかもしれません。 VeyruneとMiocheらの研究で、食品が硬くなると咀嚼の適応が欠如するのは用いた肉のテクスチャーが全部床義歯装着者の咀嚼能力のキャパシティを越えていたのかもしれません。他の著者達は硬さで分類し、自然食品を使用しています。硬さは単純なものではなく、弾性、可塑性、靱性、粘性、もろさなど色々な要素が干渉します。硬さを徐々に増加させた粘弾性モデルは、PeyronらやLassauzayらが示したように非常に有用なツールです。

本研究の目的は、硬さを増加させた場合の全部床義歯装着者の適応について、EMGを用いた咀嚼パターンを測定することで検討することです。

実験方法

被験食品

粘着性がなく粘弾性を検証したガムドロップ(グミの一種)
直径2cm、1cm高さの円柱形で硬さを4種類用意

被験者

全部床義歯
使用している義歯に問題がない。顎堤吸収条件は考慮なし。
義歯は製作してから1~10年(平均3年)。唾液に問題がある場合や変性疾患、糖尿病、被験食品にアレルギーがある患者は除外

コントロール
26本以上の永久歯が残存している正常歯列群
歯科治療中、部分床義歯やインプラント治療されている人は除外

EMG
咬筋+側頭筋で表面電極
同じ曜日、同じ時間で1週間で2回測定
1回目は慣れるための試行

実験
口の中にガムドロップをいれて、舌と口蓋で軽く保持させる
ガムドロップは硬さにより色分けされている
咀嚼指示がでたら咀嚼を開始してできるだけ自然に噛む
咀嚼側は習慣性咀嚼側
測定は完全に嚥下するまで
4種類のガムドロップを各3回施行
2回目の実験データのみを採用

結果

有歯顎群では食品の硬さにより筋活動の上昇が認められました。食品硬さは咀嚼サイクル回数、咀嚼持続時間、総筋活動量、サイクルあたりの平均筋活動に有意に影響していました。H1、H2とH3,H4で各変数がクリアに分かれました。食品の硬さに関係なく、咀嚼レートは一定で有意差は認めませんでした。

食品硬さに応じて咀嚼サイクル回数、咀嚼持続時間、総咀嚼筋活動量は有意に増加しました。これもH1、H2とH3、H4で数値が明確にわかれました。サイクルあたりの平均筋活動と咀嚼レートは硬さによりわずかに増加しましたが、統計的有意差はありませんでした。トータルの筋活動量が有歯顎者よりも大きいのは義歯を保持するために表情筋を含めて筋を使っているからでは無いかと考察されています。

全部床義歯群とコントロール群の比較

全部床義歯装着者は有歯顎者群より咀嚼サイクルが多くなりました。同様に咀嚼持続時間も有意に長くなりました。咀嚼持続時間と咀嚼サイクル回数は全部床義歯装着者群の方が有歯顎者群よりも硬さによる増加量が多くなりましたが、有意差が認められたのは咀嚼サイクル回数のみでした。

咀嚼レートは全部床義歯群がコントロール群よりも有意に低くなりましたが、両群共に硬さの違いでの影響は余りなくほぼ一定でした。

考察の一部

食品の硬さに応じた咀嚼の変化を調べるのに最も適した筋活動の指標は、咀嚼回数と総EMG活動であると思われます。

総筋活動量、咀嚼時間、咀嚼回数は,義歯装着者と有歯顎者の両方で硬さとともに増加しましたが、咀嚼回数は義歯装着者の方が有歯顎者よりも多く増加しました.咀嚼力の限界に適応したためと考えられます。

以前の研究では、全部床義歯装着者は有歯顎者と比較して咀嚼効率、咬合力が低いと報告されています。今回の結果では、全部床義歯装着者は咀嚼が長くより回数もかかる事がわかりました。しかし、全部床義歯装着をもちいた食塊の粒度分析からの結果は、咀嚼活動が増加しても食塊の粉砕度には結びつかない事を指摘しています。そのため咀嚼回数の増加は全部床義歯装着者のパフォーマンス低下を補償しません。

咀嚼サイクルレートが咀嚼が良好かどうかの判断にはよい指標であるという指摘があります。本研究では、有歯顎者と比較して全部床義歯装着者は咀嚼レートが低い結果となりました。これは咀嚼時に片側の咬合面に力がかかることで義歯が顎堤から外れ、それが咬合によって復位することによって説明出来るかもしれません。

全部床義歯装着者の咀嚼レートが低いのは咬合相が長いからではありません。いくつかの研究で全部床義歯装着者と正常有歯顎者の咀嚼時の下顎運動パターンを比較解析しています。開口相と閉口相時間は全部床義歯群で長く、一方で咬合時間は別に長いわけではありませんでした。垂直偏位量の縮小と開閉口速度の遅延はおそらく義歯の安定性に関連したものと考えられます。さらに、下顎の運動量と速度に対する歯の役割は加齢により弱くなります。Karlssonらが調査した高齢者(平均年齢80歳)では、天然歯列と人工歯列で行われる咀嚼の違いはあまり見られませんでした。最後に、閉口相は、義歯装着者と有歯顎者を区別する重要な運動パラメータであると思われます。

これは、義歯装着者に見られる負荷の減少は、閉合相の負荷時間の増加によってある程度補われるというNeillらの提案と関連していると考えられます。同様に、インプラントによるリハビリテーション後に観察されたサイクル時間の減少は、下顎固定式義歯による咬合の安定化に起因すると考えられます。

また、食塊のテクスチャーによって生じる不安定な力が義歯床を動かし、粘膜の損傷によって痛みを引き起こす可能性もあります。最近、咀嚼速度の低下が咀嚼障害の良い予測因子になることが指摘されています。実際、無歯顎患者の食塊は、通常の歯顎患者と比べて十分に準備されているとは言えません。

結論

義歯装着者は有歯顎者と比べて食品の硬さにより咀嚼時間が大きく延長します。加えて、全部床義歯装着者は食品の硬さに反応して咀嚼サイクル当たりのEMG活動量を増加させることができません。咀嚼回数と咀嚼時間の増加、咀嚼レートの低下は義歯装着者が噛みづらさを感じていることを示唆しています。

まとめ


一定以上食品が硬くなった場合、義歯装着者は筋活動量の増加で対応することができないため、咀嚼回数と時間で代償しているということがわかりました。

全部床義歯装着者は栄養状態が悪い事が指摘されています。また、残存歯数が少ない場合、数年後の栄養摂取状況が悪いことも報告されています。こういった論文では噛みづらさにより硬い食事を避けるため、栄養状態が偏ると大体考察されています。噛みづらさと低栄養の関連性を指摘したメタアナリシスも存在します。

咬合力や咀嚼能力は、残存歯を失えば義歯で補綴したとしてもかなり低下してしまうことも報告されています。こういった事からも、可撤性義歯で補綴したからと言って、歯が有ったときと完全に同じ食事ができると考える方が間違っているということになるでしょう。また、咀嚼時間が延長するとStage II transportによる食塊移送が咽頭のかなり奥に到達する可能性があり、誤嚥リスクなども上昇すると考えられます。義歯が大きくなれば、食事に工夫をして食べやすく、飲み込みやすくする必要がある、ということなのではないでしょうか?

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